シンガポールの首都はどこ?簡単にシンガポールの歴史も紹介

シンガポール

マーライオンがシンボルのシンガポールは、東南アジアの人気観光地の1つです。

シンガポールは治安が良く街が清潔なこと、日本とのゆかりが深いこともあり、安心して旅行できる国として知られています。

今回の記事では、シンガポールの首都や、旅行前に知っておきたい歴史についてご紹介します。

1.シンガポールとはどんな国?

シンガポールの地理について

シンガポールはほぼ赤道直下にある熱帯の国です。面積は東京23区ほど(約720㎢)で、シンガポール島および60ほどの小さな島々から成ります。

埋め立てにより、年々シンガポールの面積は増え続けています。

人口は約560万人(うち永住者は400万人弱)で、中華系74%のほか、マレー系、インド系が主です。

国語はマレー語、公用語は英語,中国語,マレー語,タミール語となっていて英語は全土で通じますが、シングリッシュと呼ばれる強い訛りがあります。

シンガポールには厳しい規則がある

シンガポールは、国の秩序や衛生を守るため、厳しい規則と罰金があることで知られています。

例えば、シンガポール国内にガムを持ち込む、道にツバを吐く、トイレの水を流し忘れる…これらは全て罰金の対象です。

規制や罰金は旅行者にも適用されるので十分注意しなくてはなりません。

2.シンガポールの首都はどこ?

そもそも首都とは?

シンガポールの首都について説明する前に、「首都」とは何かを振り返っておきましょう。

普通、首都とは中央政府のある都市で、経済や文化をはじめ、行政や立法、司法の中心としての機能をもちます。

日本の東京やイギリスのロンドンのように、歴史的な流れで首都がその国で最大の人口を有している場合もあれば、アメリカのワシントンやオーストラリアのキャンベラのように、首都の機能に特化した町を計画的に建設した国もあります。

また、バンガージとトリポリという2つの首都をもつリビアのような国もあります。

シンガポールの首都はどこ?

では、シンガポールの首都はいったいどこなのでしょうか。答えはシンガポールです。

シンガポールの面積は小さく、中央政府が国全体を直接管轄しており、地方公共団体というものがありません。

シンガポールは1つの国でもあり、1つの都市でもあり、1つの行政地区でもあるのです。

このように、国全体が首都である例はシンガポールの他に、バチカン市国やモナコがあります。どちらも面積の小さな国です。

ちなみに、シンガポールは行政区分ではありませんが、セントラルシンガポール、北西、南西、北東、南東の5つの地域に分けられています。

3.旅行前に知っておきたい!シンガポールの歴史

イギリスの統治以前

マレー半島の先端という、航路上重要な位置にあるシンガポールが文献に現れるのは3世紀という遠い昔です。

テマセックという名前が定着していたようですが、14世紀になると今のシンガポールの元になる「シンガプーラ」と呼ばれるようになりました。

これはサンスクリット語で「ライオンの町」という意味です。

マラッカ王国の支配下にあったシンガポールは、16世紀にはポルトガルの侵略を受け壊滅、その後300年ほどは寂しい寒村となってしまいます。

イギリスの統治後

19世紀前半に、イギリス人のトーマス・ラッフルズが上陸し、シンガポールに商館を建てると町が整備されていきます。

名前もシンガポールとなり、19世紀前半にはイギリスの支配が認められることになります。

シンガポールは貿易の中継地として、また、マレー半島の資源などの輸出基地として発展し、同時に各国からの移住者が増え、多民族化が進んでいきます。

太平洋戦争中の1942~1945年は日本軍が占領するところとなり、名前も「昭南島」とされました。

軍政による住民の迫害などもあったこの時期は、日本とシンガポールの友好の歴史の暗い側面です。

戦後はイギリスの支配の回復、自治の獲得、マレーシアの一部となるなど、めまぐるしく体制が変化します。

マレーシアから独立してシンガポール共和国になったのは1965年ですから、シンガポールはまだ建国50年に満たない若い国ということになります。

独立後はリー・クアンユーの指導の下に近代化、経済的繁栄を実現したのは広く知られるところです。

現在のシンガポールは東南アジアの金融の中心としてだけではなく、ITを活用した知識集団国家としても発展を続けています。

最後に

いかがでしたでしょうか。

ガーデンシティーと呼ばれるシンガポールは、世界で4番目に多くの観光客が訪れる都市です。

国のあらましや歴史を知れば、観光もより興味深いものとなることでしょう。